そうそう・・・昨日の夜、なに食べたっけ?やっと辿り着いた場所がこのクソブログpart6

命の続く限りアングラ(ただの自己満)で生き続ける男のちょっとエッチな独り言

そっちの主張を認めて貰いたければ、こちらの主張にも耳を傾けたらいかがでしょうか。

入れ墨だとか、タトゥーだとか、紋々だとか、何度も話題に上がっては消えてまた再燃するという問題について少しだけ考えてみたのです。

オレの考えを一番最初に言っておくと、一般的な日本人的考え方と全く同じである。反社会勢力を連想し、相手に威圧や嫌悪感を与える以外の何の意味もない。タトゥーを入れる人の行動態度からは、相手より精神的に優位に立とうという意識が見え隠れする(全ての人がそうだとはいわないが)。だから素肌が露出するような場からは排除されて当然だと思っているし、それを肯定し受け入れるつもりは毛頭ない。

 

タトゥーに関しては、それを体に彫り込む時の本人の気持ちをまずは知るべきである。実はオレの友人にも訳の分からない黒色の紋様を刻み込んだ奴がいる。それを知ったのはその友人と二人でスーパー銭湯に行ったときだった。オレは極度の近眼のため、メガネをせずに風呂に入るとほとんど周りが見えなくなる。その日もぼやけた視界ですっ転ばぬよう足元に注意しながら洗い場までいった。すると肩口にゴッツイタトゥーが入った奴がいて、そいつの隣しか洗い場が空いていないという状況。「しかたねえなあ・・・」と思いながら着座すると、「おう」と声をかけてくるじゃないですか。まあ声を聞いた瞬間にすぐに友人だとわかりました。

「お前、その肩の・・・どうしたんだよ」と聞くと、数年前に何となく興味本位で入れたという。真意は定かではないが、悪びれた様子もなく、いたって普通に振舞っていた。何ならオレに指摘されるまでタトゥーの存在を忘れていたかのようだった。ただ、このスーパー銭湯には入り口にはデカデカと『入れ墨禁止』の看板が掲げられており、「お前、それでここはやばいぜ」とオレは言ったが奴はあまり気にしない様子だった。それからすぐにそこの店員らしき男性が足早にやってきて「お客様、入れ墨のある方はちょっと・・・」と言われていた。「テーピングで隠していただければ問題ありませんので」と付け加えられて、全裸で更衣室に連行されていった。もちろんオレは一連の流れを他人のフリで聞き流したのは言うまでもない。そして肩を骨折したかのようにグルグル巻きにテーピングしてしょぼくれた顔をして再入場した友人を目の当たりにして、大いに笑わせてもらった。もう外で待ってろよ。お前、そこまでして銭湯に入りたいかw

 

上記から考察するに、友人に常識が無いという部分については触れずに話を進めると、一般人が入れ墨を入れること自体は『かっこいい』だとか『アウトロー』的な安易な考えで実行するケースがほとんどだが、入れた後は基本的にあまり気にしていないという所が本音なんだろう。ただ、本質はといえばSNSと同様、自分の姿を見た相手から何らかのアクションを求めており、あわよくば『イイネ』よろしく共感してもらいたいと思っている。だから周りの拒否反応を見るにつけ『なんでマイノリティーを受け入れてくれないのか!』と被害妄想を始めるわけだ。

どちらかというとタトゥーに関して言えば、それを見せられるほうが被害者である。ハイハイカッコイイネ、イキッテルネーと、心の中でツッコまなきゃいけないほうの身にもなって欲しい。肯定派もいるだろうが、それは八方美人の穏健派か、田嶋陽子バリの過激派フェミニストのような、リスキーな発言で生きている人達だ。

というわけで、他人に見せた時の反応を貰いたくてウズウズしているのを想像すると、もうイキっている彼らとは相容れない溝があるのです。

 

タレントのりゅーちぇるなる人が、子供と家族の名前を体に刻み込むことは、それらを守っていく覚悟なんだというようなことを発信して話題になっている。それを色んな人が色んな意見で吊し上げているが、結構肯定派もいて寒気がした。

そもそも家族を守ることがなぜタトゥーに繋がるのかが理解できない。まあ色んな価値観の人がいるから百歩譲ってそこはスルーしよう。そして家族を守る覚悟を周りに宣言することもいいでしょう。しかしながら『これがその覚悟の証なんです!見てくださいよ!こんなことしちゃうんだから他の人よりも本気度は私のほうが上に決まってるっしょ!』とドヤ顔で言うのはやめろってだけです。そして一番不快なのが、家族愛を持ち出して賛同を得ようとするところ。その点で言えば、龍や鯉の紋々で威嚇するヤンキーのほうが、まだいくらか清々しさを感じる。

まあさ、日本で他の人と同じようにスーパー銭湯やプールに行きたいのならば、その紋々は自分だけが見れるチンボの皮の裏にでも彫っとけよ!ってことです。

なんかハンターハンターの制約と誓約を思い出しちゃったよ。要するに自らの覚悟をひけらかすような行為はあまり良くないと思うの。自己完結してよ、そんなの。みんなそうしてるんだから。

タトゥーを肯定してもらいたい人の基本的人権を守られることと同じくらい、それを否定する人の考えも尊重されてしかるべきなのです。

 

反社会勢力が社会から抹殺される方向に動いていて、下町の銭湯から激しい紋々の入った方々が姿を消しました。個が尊重されて若者達は銭湯での裸の付き合いなんて知らずに育ちます。入れ墨に対する一般庶民の感覚を知らずに、カッコいいとかイケてるイメージだけが先行して芸能人や半グレに蔓延しているのが現状なんだと思う。それこそこの前書いたキムタクのロン毛や赤ラークを真似する感覚でタトゥーに手を染める人が出てくるのは必然でしょう。だとしたら本当に危険です。ロン毛の象徴はもう山下達郎かロッチ中岡くらいだし、タバコなんて多くの人に毛嫌いされる対象。よく考えていただきたいところである。